100mL水飲みテスト(100WST)について

PDF資料「地域在住高齢者における100ml水飲みテストを用いた多面的な嚥下機能評価の有用性(第2報)」

私たちが伝えたいこと

 

はじめに

 2020年度から後期高齢者(75歳以上)の「フレイル健診」が導入されます。高齢者の保健医療施策として、今までは過栄養がもたらす生活習慣病(メタボリックシンドローム)の予防が中心でしたが、今後は後期高齢者について、疾病の重症化予防や低栄養がもたらす虚弱(フレイル)予防へとシフトチェンジする考え方です。
 フレイル健診の質問票は嚥下機能を含む15項目で構成され、フレイルを多面的に評価できることが強みです。フレイル健診の質問票の嚥下機能は、「基本チェックリスト」の項目から抽出されており、「お茶や汁物等でむせることはありますか?」と尋ねることになりました。

 一方、介護保険制度における地域支援事業として、2017年度から住民運営による「通いの場」での介護予防活動が推進されています。この介護予防事業のなかでは、嚥下機能の問診は従来どおり基本チェックリストの嚥下の項目が使われている自治体が多いと思われます。今後、保健事業と介護予防を一体的に実施していくことが想定されますが、それに先だって当NPOは地域在住高齢者の誤嚥性肺炎の予防に力を入れていきたいと考えています。


なぜ嚥下機能の評価は大切なのか

フレイル健診や介護予防事業に参加する高齢者のうち、嚥下機能の低下に焦点を当てた理由は以下のとおりです。

 2015年の厚生労働省の調査によると、後期高齢者の全死因の第4位以内に「肺炎」があがっています。性差や年齢層毎の順位の違いがありますが、肺炎は男性に多く、高齢になるほど順位もあがってきます1)。そして高齢者の「肺炎」の約85%が「誤嚥」によるものだと推定されています2)

 我々は、フレイル健診の項目の原典でもある「基本チェックリスト」による疫学調査(n=3475)を実施した結果、「お茶や汁物等でむせることはありますか?」に「はい」と答えた65歳以上の地域在住高齢者の割合は約12%と比較的高いことを明らかにしました。
さらに、この基本チェックリストによる嚥下機能の低下は同基本チェックリスト領域の「運動機能」(オッズ比2.2)、「口腔機能(咀嚼能力と口腔乾燥)」(オッズ比1.7、1.9)、「認知機能」(オッズ比1.7)、「うつの傾向」(オッズ比1.8)とそれぞれ有意に関連していることを示しました3)
 しかしながら、基本チェックリストでの嚥下障害の質問は「ムセの頻度や程度が不明であり漠然としているために評価がしにくい」傾向にあります。そこで、EAT-10という厳密な質問紙評価(10項目5段階評価)による嚥下機能調査(n=320)を行った結果、住民主体の「通いの場」に参加する65歳以上の地域在住高齢者(平均年齢77歳)の約12%に嚥下障害が認められました。
 また、フレイル(CHS基準)および低栄養のリスクあり(MNA-SF)の有病率は、それぞれ14%および29%であり、嚥下障害はフレイル(オッズ比(2.3)および低栄養(オッズ比4.0)と独立して有意な関連を認めました4)。これらのことから、嚥下障害はフレイルサイクルに悪影響を及ぼすことや精神心理的なフレイルとも関連があることが示唆されます。
 ゆえに、高齢期の嚥下障害の早期発見と早期対策は非常に重要な衛生上の課題であるといえます。

100WSTの選定理由

次に、なぜ100WSTを選定したかの理由について示します。

 スクリーニング検査を追加する場合、「簡便で安全かつコストがかからない」ことが条件となってきます。諸外国では地域在住高齢者において、90mL〜150mLの多めの水飲みテストが実施され、その「嚥下時間」もしくは「ムセの有無」によって嚥下障害をスクリーニングします。
 嚥下障害のゴールドスタンダードである嚥下造影検査(VF)との妥当性を調査したWuら5)の報告では100WSTの嚥下時間(10秒を超える場合)は感度が86%で特異度が50%、ムセの有無は感度が48%で特異度が92%でした。これは世界中のあらゆる嚥下機能スクリーニング検査のなかで最も優れたものです。
 我々は地域在住高齢者75歳以上を対象にEAT-10をゴールドスタンダードとした場合の100WSTの嚥下時間とムセの有無の検査精度について研究しました(n=233)。その結果、嚥下時間の最適なカットオフ値はWuらと一致して10秒でした。その感度と特異度もWuらとほぼ一致した結果であり嚥下時間とムセの有無を併せて評価することが、嚥下障害の検出に有用であることを証明しました。
 また、嚥下時間について、対象者全体の下位5%の秒数を算出した結果、15秒以上であることや15秒以上かかる対象はほぼ全てがEAT-10にも該当していることがわかりました。これに基づいて、100WSTの結果を3分類に分けることにしました6)。(図1参照)


図1. 水飲みテストのフローチャート

水飲みテストの実施方法

 対象者は椅子に座わった状態で100mLの水の入ったグラス(またはコップ)を手に持ちます。グラスに唇がついた状態で保持してもらい、検査者の「スタート」の合図でストップウォッチを押します。
 「終了」は、飲水の最後の嚥下の甲状軟骨の戻りのところまでとし、そのタイミングを視覚的に確認しストップウォッチを押します。
嚥下時間は、スタートから終了までに要した時間とします。
 水を飲むときの教示は、「できるだけ早く飲んでください」とします。途中でムセた場合は、そこで終了とし、ムセありについては、飲水後、約1分以内に咳や湿性嗄声があった場合もムセありとみなします。

スクリーニング陽性の場合の対応

 100WSTの結果が陽性(ムセがあったり、嚥下時間が10秒を超える要観察や15秒以上の要精査)だった場合、保健師がフレイル健診の嚥下障害の問診「お茶や汁物等でむせることはありますか?」の回答も参考にしながら、専門職へ繋ぐ必要があると考えます。
 特に問診に「はい」と答える場合で100WSTでも要精査の場合については、自覚的にも他覚的にも異常があると考え、主治医への連絡および専門の医療機関(歯科や耳鼻咽喉科)への受診勧奨をすべきです。
 また、本人に自覚はなくとも陽性と出る場合もありますので、陽性の場合は地域の介護予防の通いの場で「嚥下リハビリテーション」を行うことを推奨します。その際、言語聴覚士が通いの場で集団リハビリテーションの指導を実施できるような体制づくりも望まれます。

 また、フレイル健診にも基本チェックリスト項目にも「半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか?」という咀嚼機能に関する問診も含まれていますので、該当する対象者へは残存歯数の確認をするとともに、歯科受診を勧奨するとよいでしょう。

リハビリテーション専門職やNPOの地域介護予防事業への参入の期待

 通いの場での高齢者の介護予防活動に対して、リハビリテーション専門職の関与や地縁のNPO法人等の関与が期待されています。また、医療・介護データ解析による地域の健康課題の分析が求められています。いわゆる「根拠に基づく保健政策づくり(Evidence-based Policy Making)」のことです。

 当NPOは、臨床における摂食嚥下コーディネーターの育成という教育活動やフレイル・誤嚥性肺炎の予防に関する市民公開講座を開催してきました。近年は、地域在住高齢者の嚥下機能とフレイルの関連についての研究や100mL水飲みテストの検査精度に関する研究を行い国際誌への掲載の実績もあります。昨今は産官学連携による地域への予防介入がもっとも効果的な戦略であるとの視点があります。



引用文献



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