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「口から食べる」、この人間として最も基本的な欲求に対して、さまざまな事情からその欲求がかなえられない場合がしばしば起きることがある。 高齢者の日常生活における「食」の場面において、「口から食べる」という行為がいかに深くQOLと結びつくものであるかということを、在宅医療の現場、施設、病院等の高齢者の食事風景を見るたびに考えさせられてしまう。
摂食・嚥下障害は、健常高齢者においても、食事中にむせる、声が嗄れたようになるなど、注意して観察をすれば普段の食事場面でも見ることが出来る。 さらに
脳卒中患者、神経疾患患者、脳腫瘍、頭部外傷患者などにおける嚥下障害の発症頻度は高く、患者のQOLに大きく影響を与えている。
岡田ら1)による東京都リハビリテーション病院における慢性期の摂食・嚥下障害患者の調査(図1)からは咽頭・喉頭機能の障害に加え知的低下やADLの低下など複雑な障害像を呈するさまざまな患者の発症の様子が伺える。また先行期障害、準備期障害、口腔期障害、咽頭期障害の4期の障害の合併率をみると、単独期のみ障害されている者16%、複数期の障害を重複して有する者は84%と、複数期の障害を有する者の割合が多数となっており、その結果患者が示す障害像は当然複雑となるため、患者を総合的に捉え包括的にアプローチする必要が求められる。
さらに嚥下障害によって惹起する誤嚥の問題については、65歳以上高齢者の死亡原因の首位に挙げられる2)高齢者肺炎と密接に関係しているため、在宅・施設・病院を問わず積極的な取組みが求められている。生きる権利としての「食」への援助の視点から嚥下障害のマネージメントについて述べてみたい。
嚥下(swallowing)は、食物を口腔から胃へと送り込む一連の運動で、随意運動と不随意運動から構成されている。また嚥下運動と連動してわれわれは呼吸も行っているが、その嚥下と呼吸は同一器官を共有するため複雑な関連を持つことになる。さらにコミュニケーションのための発声機能が加わったことから支配する神経機構や筋活動がさらに複雑になり、これらの部位や器官に器質的・機能的障害を生じると問題は重篤になり、当然の如くQOLは大きく低下する。
通常嚥下運動は、運動学的に嚥下第1期(口腔期)・第2期(咽頭期)・第3期(食道期)の3期に分けられる。しかし摂食行為を考えた場合、嚥下運動に先立ち何をどのように食べるかを判断し口腔まで食物を運ぶ先行期(認知期)、食物を捕食し咀嚼し飲み込みやすい食塊(bolus)を形成する準備期(咀嚼期)の2つの期が存在し、リハビリテーションの視点からは口腔期の前に先行期と準備期を含めて5期に分類する(表1) 3)また一般的にstage(期)と phase(相)が混在して使用されることが多いが、stage=組織の動き(運動の進行状態)と、phase=食塊の動き(移動状態)を区別したほうがよい。嚥下機能に障害があるとこのstage(期)と
phase(相)にずれが生じると考えられている4)、5)
先行期(認知期) | anticipatory | 高次脳機能、食物の認知 |
準備期 | preparatory | 随意運動、食物の取り込み、咀嚼、食塊形成 |
口腔期(嚥下第T期) | lingual | 随意運動、舌による咽頭への送り込み |
咽頭期(嚥下第U期) | pharyngeal | 嚥下反射、咽頭通過、鼻咽喉、咽頭の閉鎖、呼吸の停止 |
食道期(嚥下第V期) | esophageal | 蠕動運動、食道通過 |
この期はこれから摂食する食物の性状を認知し、食物の量、食べ方、その早さなどを決定し、さらに姿勢、唾液の分泌などを整えて口まで適切なペースで運ぶのと同時に、口唇を構えて受け入れる準備を行う段階である。つまり食物の種類により何をどのように摂るかという摂食の準備を行う時期である(図2)
脳卒中の急性期や薬物の影響などにより大脳の認知機能に障害があると、反射は起こりにくく なり誤嚥の危険が生じる。また痴呆などがある場合には嚥下能力に見合わない食べ方をすることもあり先行期が障害される結果となる。
先行期障害の評価は、実際の食事場面の観察からの情報に基づくことが多い。患者の意識状態(意識障害の有無)、表情や感情の変化(情動反応)、口に取り込む量や摂食ペース、口腔過敏の有無、食事介助の方法を観察することが重要である。
この期では口唇・咀嚼筋・舌筋の諸筋群は随意運動を行う。口唇から食物を取り込み歯牙、舌、 頬部等で囲まれた空間で唾液と混和し食塊を形成して嚥下する過程であり、歯、歯周組織、舌、口唇、頬、咀嚼筋など多くの器官や組織の機能が協調して運動が行われる。この過程では、食物を咬断、粉砕、臼磨し唾液と混和して嚥下を容易にすることが主な働きであるが、運動に関わる器官としては、主に下顎と舌の運動が最も重要である。
先ず前歯で食物をとらえ(捕食)、噛めるように舌と頬の運動によって食物を臼歯(奥歯)の歯列上に置く(図3)。この時、水などの液体の場合には取り込みの直後に口唇が閉鎖される。次に舌が歯列の方に寄せられ、同時に頬の粘膜も歯列の方に寄り咀嚼片がばらけないように保持される。この時、頬筋以外にも顔面表情筋や口輪筋も内外から食物を保持するように働く。口輪筋の動きは食塊が口腔外にこぼれ出すのを防ぐという意味でとくに重要である。ある程度粉砕されたら舌が動いて食物を集めて唾液と混ぜ合わせる。またこの時、後方では奥舌がやや持ち上がり、軟口蓋と接して口峡を閉鎖して食塊が咽頭に落ち込むのを防いでいる。次に舌が蠕動運動をしながら、食塊を咽頭に送る。またこの時に舌の形状が凹状になり(grooving)(図4)、舌縁は上顎の臼歯部口蓋粘膜部に触れ食塊が側方へこぼれないようにする。咀嚼のリズムは普通毎秒1ないし2回程度であり1日に約600回といわれる。
実際に咀嚼や食塊形成が上手く行われているかどうかを外見から観察する方法として、@モグモグの際に下顎の上下運動が食物を咀嚼している側に偏移している様子、A咀嚼側の口角がくぼんでいる様子の2点から観察するとよい。
ところで発声発語の過程は、肺で呼気を産生しそれを喉頭で音に変え、さらに咽頭、口腔、鼻腔において一定の音色を与える一連の過程であり、これらの働きはもともと呼吸、嚥下といった生命の維持機能そのものと一体であるといっても過言ではない。したがって、発声発語機能(構音機能)の
評価を行うことによって、嚥下機能を客観的に評価することができるようになるのであるから、構音機能に関しても熟知をする必要がある。柴田6)の記述にもそのことが記載されているので引用したい。"発語時の顎や舌の運動は、咀嚼時のそれとは運動の速さやパターンの点でもちろん異なるが、咀嚼運動を基礎として成り立っていることはまちがいない。麻痺性構音障害患者は咀嚼動作に障害を示すことが多い。たとえば、よだれや食物が麻痺側の口角からもれたり、咀嚼した食物が麻痺側の頬の内側部にたまったり、歯の周囲に食物の残渣が付着するのはそのためである。そして多くは、十分に咀嚼ができないまま食物をまるごとのみこんだり、頭部を背屈して飲み物を流し込んだりする。"
図3 咀嚼期 | 図4 準備期(口狭部の閉鎖とグルービング) |
準備期障害の評価としては、捕食および咀嚼機能に関する筋群の運動麻痺、口唇、頬、咀嚼筋および顎関節などの可動域とその器官の感覚障害をチェックする(表2 )。口腔内では歯牙の残存の状態、義歯があればその適合状態の確認も重要である。嚥下障害患者の多くは、旧義歯の適合度が極端に悪くなっているか、また既に義歯を紛失し顎堤で咀嚼していることがほとんどである。また食後に食物残渣が口腔内のどの部位に存在しているかを観察することも忘れてはならない。
A.口筋群:食物への取り込み、口腔内保持 | ||
---|---|---|
口輪筋 | 口唇を閉じる | |
頬 筋 | 口角を外側に引っ張る | 顔面神経 |
笑 筋 | 笑うときに働き、口角を外側に引っ張る | |
B.咀嚼筋群:咀嚼、食塊形成 | ||
咬 筋 (浅部、深部) |
下顎を引き上げ | |
側頭筋 | 前後左右へ動かす | 三叉神経 |
内側翼突筋 | ||
外側翼突筋 | 下顎を引き下げる | |
C.舌筋群:咀嚼、食塊形成 | ||
1.内舌筋 | ||
縦舌筋 | 前後運動 | |
横舌筋 | 左右運動 | 舌下神経 |
垂直舌筋 | 上下運動 | |
2.外舌筋 | ||
オトガイ舌筋 | 舌をオトガイの方へ突出 | |
舌骨舌筋 | 舌根を後下方へ引く | 舌下神経 |
小角舌筋 | ||
茎突舌筋 | 舌を後上方へ引く |
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