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生理学とメカニズム

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摂食・嚥下障害へのアプローチ(2)

1.嚥下機能の生理学的メカニズム

1)口腔期(嚥下第1期)(oral stage):(図1)

嚥下は、咀嚼期に唾液と混合され飲み込みやすい状態になった食塊(bolus)を、口腔から咽頭に送り込む過程、喉頭蓋を越えて食道入口部に達するまでの過程さらに食道から胃に達するまでの過程の一連の連続的な運動過程であり、通常7から10秒かかるといわれている。
口腔期は、口腔から咽頭へ形成された食塊を送る期間であるが、この運動は私たちが意識して行う運動で、嚥下反射の始まりになる。舌尖が上顎切歯口蓋側の歯頚部に付いて /t/音を産生する位置(舌尖音)につくと嚥下の第1相がスタートする。舌全体が挙上すると同時に下顎も挙上し両口唇をしっかり閉鎖し前方への漏れを防ぐ。次に、舌背が硬口蓋から後方にかけて食塊を押し出し、傾斜しかつ凹状の形状をとる舌背上を食塊が送られ、さいごに舌根がすばやく下がり食塊は咽頭に送り込まれ口腔期は終了する。(この間0.5ないし1.0秒)この時口腔内圧は水柱20cm程度にまで高まるといわれる。1)。この口腔期でもっとも重要な役割は顎舌骨筋の収縮である。
またこの口腔期の神経支配は、主として第5脳神経(三叉神経)、第7脳神経(顔面神経)、第12脳神経(舌下神経)である。三叉神経は咀嚼筋群(側頭筋、咬筋、内側翼突筋、外側翼突筋)を支配し、下顎の下制・挙上、咀嚼時の臼磨運動をコントロールする。顔面神経は頬筋、口輪筋に分布し、口唇や口角の運動を、舌下神経は舌の4つの固有筋を支配し、舌の形状変化や動きにさまざまな影響を及ぼす。したがって、これらの神経が傷害を受けると、舌、軟口蓋の麻痺または協調運動が障害され、食塊をうまく咽頭へ送り込むことができなくなってしまう。


図1 口腔期 図2 咽頭期 図3 食道期
図1 口腔期  図2 咽頭期  図3 食道期 
食べ物は噛み砕かれて唾液と混ぜ合わせて飲み込みやすい塊(食塊)となり、口からのど(咽頭)へと送り込まれます。 舌尖が持ち上がり食塊が咽頭に達すると、舌骨が持ち上げられ同時に喉頭も上前方に持ち上げられ喉頭蓋が下がり気管の入口をふさぎます。 食塊が咽頭から送られてくると食道入口部が開きます。 呼吸はいったん停止して、食塊が食道を下方に送られます。 

2)咽頭期(嚥下第2期)(pharyngeal stage):(図2)

咽頭期は、食塊を咽頭から食道に送り込む期間である。反射的な嚥下運動により、食塊は咽頭を通過して食道へ向かう。舌骨が最大挙上することにより、喉頭は前方に引き上げられる。喉頭が上前方に挙上する一方で、舌根部が後下方に進むことにより喉頭蓋が下がり喉頭口が閉鎖される。ここでの喉頭がやや前方へ挙上する運動は非常に重要である。この運動が気道を閉鎖して誤嚥を防ぎ、同時に食道入口部を開き食塊を食道へ進めることを可能にする嚥下の命ともいうべき運動だからである。
舌の局部で咽頭に送りこまれた食塊は下降していき、喉頭蓋谷に達し喉頭蓋の左右両脇に分かれて下方の梨状陥凹に向かう。液状の食塊は、喉頭蓋で左右に分かれ披裂喉頭蓋襞の脇から梨状陥凹を通って喉頭の片側を通過したのち、輪状軟骨の後ろで再合流する。中咽頭の上部から下方へ移動する収縮運動(繻動様運動)により、食塊は下方に送りこまれていく。輪状咽頭筋の弛緩と喉頭の上前方への挙上により、食道入口部は開大して食塊が咽頭から食道へと送りこまれる。
咽頭期は図  に示すように、次の5つの動きからなる。2)@咽頭期開始の引き金となる口腔底の顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋、顎二腹筋の同時収縮。A茎突舌筋と舌骨舌筋により、舌根部が軟口蓋と咽頭後壁に押し付けられる。B口蓋帆挙筋と口蓋帆張筋により軟口蓋が挙上し、咽頭後壁に接し鼻咽頭への逆流を防止する。C中および下咽頭収縮筋により下咽頭が収縮し、Passavant隆起から輪状咽頭筋にかけての咽頭後壁のぜん動運動が起こる。D喉頭挙上筋群と口腔底筋群の収縮および舌骨の挙上により喉頭蓋が後方かつ下方に傾く。


<嚥下運動の支配神経の確認>

嚥下の第1相を構成する主たる神経である舌下神経はオトガイ舌筋や、舌骨舌筋など舌を動かす筋肉を支配しているが、咀嚼にも関与する。この舌下神経とともに働き、咀嚼の際に重要な神経(咀嚼筋を支配)に三叉神経の運動枝がある。嚥下の第2相ではこの三叉神経が重要な役目を持っているが、さらに舌骨を上と前方に移動させるという役目を持っていることも忘れてはならない。この他には、軟口蓋を挙上させたり、咽頭の蠕動用運動を引き起こしたりするのは、迷走神経が運動神経として、その他の嚥下運動に関与する筋肉の支配を行なっている。輪状咽頭筋も迷走神経支配である。咳反射については以下の益田3)の記載によって理解を深めることが出来る。
"さらに迷走神経は咳反射の球心路でもあり、遠心路でもあります。咽頭の蠕動様運動については咽頭神経叢が関与しているという説もあります。蠕動運動は中枢が関与しない反射で、粘膜内の神経叢が命令を出して物がある上は収縮させて下は弛緩させるという運動です。これを連続的に繰り返すことで管腔内の物は上から下へと移動します。なお嚥下が終了して嚥下に関与した筋肉が弛緩した後、舌骨が喉頭を引き下ろして素早く気道を解放するのは頚髄の1番2番の神経に支配される舌下筋群の仕事です。頚髄に支配される舌下筋群のなかに舌骨甲状筋も含まれますが、この筋肉だけは嚥下中に収縮して舌骨に甲状軟骨をより近付ける仕事をしています。このことで喉頭は舌骨よりも大きく挙上することが可能となります。"


3)食道期(嚥下第3期)(esophageal stage):(図3)

食塊が咽頭から送られてくると食道入口部が一過性に開大して蠕動運動が誘発され、食道へと食塊を下方に送り込む。その後食道入口部の輪状咽頭筋は収縮し食塊が逆流しないように閉鎖し、喉頭はもとの高さに下降、喉頭蓋ももとの立った状態に復帰する。食道括約筋には、上食道括約筋(輪状咽頭筋)と下食道括約筋があり、前者は咽頭と食道の境(噴門部)を、後者は食道と胃の境にある。上食道括約筋の閉鎖が不完全であると、胃酸、細菌、食物などが咽頭に逆流し、これを誤嚥すると肺炎の原因となるため、高齢者では食後2時間の起座位をとるようにすると良い。食道括約筋の機能不全による通過障害を食道アカラジアというが、これらに対する手術(輪状咽頭筋切断術)以外の保存療法として、ブジーを用いて輪状咽頭筋を拡張する方法もある。



2.嚥下障害の臨床診察のポイント

嚥下障害のある患者を診察するときのポイントについて述べてみたい。
嚥下障害dysphagia という言葉は、ドーランド図説医学事典によれば、ギリシャ語の食べるを意味するphagein からでたものと言われるように 2)、食べることが障害された状態を指すのであるが、その状態像は多様である。
詳細は成書(表1に診察のポイントを記載)に譲るとして、まず病歴の聴取であるが、発症は急性か慢性か、進行性か否かなど、いつ、どのように起こったかを知ることが治療計画を立てる際に重要となる。次にむせは誤嚥の有無の重要な徴候である。液体でむせるのか、固形物でむせるのかを確認する。ただし嚥下障害の患者がすべてむせるとは言えないので、その経過や肺炎の既往も参考にしなければならない。次に嚥下障害と関係する症状について問診を深める。食物が引っかかる感じがするという訴えのときは患者にどの部分でそのような感じがするかを指示させてもよい。鼻腔への逆流があれば軟口蓋の閉鎖不全を疑ってみる。
口唇からの流涎、食べ物がこぼれる等の症状は口唇の麻痺が疑われる。嗄声も重要なサインであるが、
湿性嗄声は唾液が持続的に気管に流入していることを示唆している。以上の症状は直接的に嚥下と深く関わっているが、その他食事の時間が延長する(1時間以上)とか、パサパサしたものを好まなくなるなど嗜好が変化する、体重が減少するなども見逃すことが出来ないサインである。
以上述べたように、まず、全身状態、意識レベルの確認を行ない、次に神経学的所見(表2)4)をとり、同時に構音機能の評価(これは第3回に掲載予定)を診査し、頚部、口腔領域と局所の視診、触診などを行なっていく。


表1 嚥下障害の臨床診察ポイント(文献2より引用)
T.主訴 G.放射線照射
A.症状の持続期間 H.精神疾患の既往
B.嚥下困難の頻度 I.現在受けている治療
C.間欠的な症状か、持続的な症状か F.薬
D.嚥下困難を悪くする要因と改善する要因  1.現在と過去使用した薬
 1.固形物、半固形物、液体のどれがよいか  2.処方
 2.温かいものがよいか、冷たいものがよいか  3.薬局
E.関連する症状 V.臨床観察
 1.つまる感じ A.経管栄養
 2.口、のどの痛み B.気管切開(チューブの型とカフの状態)
 3.鼻への逆流 C.栄養状態/水分摂取状態
 4.口臭 D.流涎
 5.嚥下時の咳と窒息感 E.知的状態
 6.肺炎の既往  1.注意力
 7.他の呼吸器症状  2.見当識
   (慢性の咳、息切れ、喘息のエピソード)  3.言語理解と表出
 8.胃食道逆流(胸やけ感)  4.視覚と運動機能
 9.胸部痛  5.記憶力
F.補助的な症状 W.臨床診察
 1.体重減少 A.音声言語機能(声、共鳴、構音)
 2.食習慣 B.体重
 3.食欲の変化、好みの変化 C.嚥下筋と構造
 4.味覚の変化  1.顔面表情筋
 5.口渇または唾液の粘性変化  2.咬筋
 6.話し方や声の変化  3.病的反射
 7.睡眠障害  4.口腔粘膜
U.医学的な情報  5.歯
A.全身状態  6.咽頭口蓋筋構造
B.家族歴  7.舌
C.過去の嚥下の検査  8.知覚
D.神経障害  9.喉頭内筋
E.呼吸器症状  10.喉頭外筋
F.外科手術 D.試食(test swallow)


表2 発声発語器官の形態・機能検査所見
検査部位 所  見 関与する神経
口唇 ・安静時、患側の下垂
・口角の横引きでは、健側は上外側へ
顔面神経(Z)
頬(顔面) ・患側の弛緩・・・患側鼻唇溝が浅い
・患側の目が閉じられない
顔面神経([)
舌顎 ・閉口時、患側に偏位 三叉神経(X)
・患側の萎縮
・突出時、患側に偏位
・下顎を下げた状態での挙上困難
舌下神経(]U)
軟口蓋 ・安静時、患側口蓋弓の下垂
・発声時は健側に引かれる
迷走神経(])
咽頭(声帯) ・発声時、患側声帯は内転不完全
・呼吸時、患側声帯は外転不十分
迷走神経(])
(Steefel、J.S.、柴田貞夫 監訳:嚥下障害のリハビリテーション、共同医書出版社、東京、1998.−付録より−)


参考文献
  1. 笹沼澄子編:言語障害。医歯薬出版、1975
  2. M.GROHER著、藤島一郎監訳:嚥下障害、医歯薬出版、1996
  3. 益田 慎他:VF所見と解剖学的基礎知識
  4. 日本言語療法士協会編著:言語聴覚療法臨床マニュアル、協同医書、1994

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