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生理学とメカニズム

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摂食・嚥下障害へのアプローチ(4)

これまで3回にわたり嚥下のメカニズム1)、2)、嚥下障害の評価方法3)について述べてきたが、今回と次回の2回で訓練の具体的な方法について述べてみたい。ただし、訓練に先立って(1)意識状態の確認、(2)全身状態の確認、(3)精神機能などのチェックを忘れないように留意されたい。

まず文献的にみると、嚥下障害の訓練に関する論文について体系的に述べたものは少ない4)とされ、またリハビリテーション的アプローチについても未だ確立していない5)とされるが、昨年学会に昇格した「日本摂食・嚥下リハビリテーション学会」の技術セミナ−等では、訓練の基本的概念が確立してきたように思われる6)。本稿では当院の訓練の経験を上記学会のセミナーの考え方を尊重しつつ解説をしてみたい。
嚥下訓練は基本的訓練(間接的訓練)と摂食訓練(直接的訓練)とに大きく区別する。間接的訓練とはWHO(1980)の提案した障害モデルにおける機能障害レベルの訓練で、食物を用いず嚥下に関連する器官に直接刺激や運動を加える方法で、それに対して実際に食物を用いた訓練を直接的訓練といい、これらは能力障害レベルの訓練である。実際の患者への訓練の場合、誤嚥のリスクの高い場合には間接訓練の比重を多くしなければならないが、改善が認められ経口摂取が可能になると、両レベルの訓練を平行して実施するのがよい。

  1. 間接的訓練(機能的訓練)
    1. 口腔器官(舌、口唇・頬、下顎)の運動訓練
    2. 構音訓練
    3. 嚥下反射の促通訓練
    4. 鼻咽腔閉鎖機能訓練
    5. 喉頭閉鎖訓練(声帯内転訓練)
    6. 呼吸訓練・咳嗽訓練
  2. 直接的訓練
    1. 口腔清拭
    2. 姿勢の設定
    3. 嚥下の意識化(think swallow)
    4. 食物形態の調整
    5. 食事自助具の調整

【口腔器官の運動訓練】

●舌の運動訓練テクニック

口腔器官のなかでも舌の運動機能は口唇からの取り込み、咀嚼時の側方移動、食塊形成時のグルービング、食塊の咽頭への送り込みなど口腔期における重要な役割を持っていて、その運動障害は嚥下機能に大きな影響を及ぼす。また麻痺性構音障害の大部分も舌の運動障害を主因としている7)。
舌の運動は粗大運動の訓練で、突出(前進)、後退、側方、挙上・下降の運動の組み合わさったものである。まず突出運動では自動運動を患者に行なわせて、それが困難な場合は術者がガーゼで舌尖を把持し前方へ引き出すか舌圧子を舌根部に当て前方へ押し出すようにする(他動運動)。片側の舌麻痺又は一側が他側よりも強度の麻痺のある場合(舌は麻痺側に偏位)は、舌圧子などで舌を健側に向けて押すようにするとよい。挙上運動に際しては、まず術者が口腔底部で舌骨の前に指を当て上前方に押し上げるようにして舌の動きを誘発するとよい。舌尖で上顎前歯舌側の口蓋粘膜を触れさせるが、最初に患者の母指の腹を硬口蓋にあてがいそれを舌で押しつけるようにするか、舌圧子を舌と口蓋の間に挟ませて落ちない様にして運動を始めるとよい。舌圧子を保持する時間は1〜5秒、これを5回くらい繰り返し、1日に5〜10セット実施する8)。さらに後方の軟口蓋の方まで舌尖を移動させる。この際、舌の運動は下顎によって代償されやすいので必ず臼歯部にバイトブロックや割り箸を噛ませて行なう。次は舌尖を軟口蓋の方へ前後になめる運動をさせる。自発的に挙上できない場合は、示指で舌体を側縁から持ち上げるようにしてもよい。舌打ちをするのも有効である。また口唇をしっかり閉じ、舌尖で頬の内側から外へ向かって押すようにするのも効果的である(写真1)。なお、自動運動時には鏡を見ながら視覚的にフィードバックさせるとよい。
次に他動運動は、患者に舌を前方、上方、側方に運動させ、その際術者が舌圧子などで抵抗を加えるようにして筋力の増強を図る。この抵抗運動は筋力が増すとともに徐々に大きくし、最大収縮を促すようにする。舌圧子は木製のものを2枚重ねて使用するとよい。

写真1:舌先で頬の内側から押す
写真1:舌先で頬の内側から押す

●口唇・頬の運動訓練テクニック

口唇・頬部への訓練は基本的には舌の訓練と同じで、自動訓練、他動訓練、抵抗訓練の組み合わせで行なう。
まず、「イー」と発声させて口唇を横に引く運動、「ウー」と発声させて口唇を突出させる運動を行なう。次に頬を膨らませる、へこませる運動を行なう。片麻痺がある場合は、健側を抑制し患側の動きを引き出すようにするとよい。他動運動としては電動ブラシの背側を用いて口唇の白唇部に刺激を与える方法がある(写真2)。口腔内では歯肉のブラッシングの後にそのまま頬粘膜に電動ブラシの背側を当て上から下へ下げるようにすると粘膜への効果的な刺激となる。口唇の抵抗訓練ではボタン訓練9)があるが、市販のボタンでは小さすぎることが多く、当院では写真3のように印象して作製することもある。

写真2 電動ブラシの背側でマッサージ 写真3 口唇の訓練に用いるプレート
写真2 電動ブラシの背側でマッサージ 写真3 口唇の訓練に用いるプレート

●下顎の運動訓練テクニック

下顎の自動運動としては、出来るだけ大きく下制(開口)、挙上(閉口)させる。脳卒中後遺症の患者では、開口筋の筋緊張が亢進して閉口困難をしめし、流涎や構音異常の原因となっていることが多く、閉口運動は特に重要である7)。他動運動を行なう時には術者が患者のオトガイ部を保持して行なうが、先ず患者の横に立ち、親指は患者の顎関節に示指は下口唇下部に、さらに中指は口腔底にふれながら舌下部への刺激を与えるように動かすとよい(写真4、5)。これらの動作は一定のスピードでリズミカルに行なう。また、患者の正面からのアプローチの際には、親指を下口唇直下に、示指は咬筋にさらに中指を口腔底にあて舌の動きを引き出すようにするとよい。また、下顎前歯部に舌圧子を当て負荷を与えながら、下顎を挙上させるようにして筋力をつける抵抗運動も忘れてはならない(写真6)。この運動に際しては、下顎が伸展すると頚部の筋群が緊張するので多少前屈してするとよい。


写真4 頭部のコントロール 写真5 頭部のコントロール 写真6 下顎の拳上の抵抗訓練
写真4 頭部のコントロール
     (麻痺が強い場合)
写真5 頭部のコントロール
     (麻痺が弱い場合)
 写真6 下顎の挙上の抵抗訓練

【構音訓練】

嚥下と発音(構音)は同じ器官を使っているため、構音訓練は嚥下障害の訓練としては欠くことが出来ない。例えば口唇の閉鎖機能を高める運動として口唇音(両唇音)の「パ、バ」を発音する訓練を行なうが、これは音と動作が一対一の対応関係にあることを根拠としている。食物の取り込みでは舌尖音(歯茎音)の「タ、ダ」が、送り込みには「ラ」が、鼻咽腔閉鎖には「カ、ガ」の音を発音することでその器官の訓練に結びつくことになる。
構音訓練に際しては、単音→単語→文章と難易度を上げていくようにするとよい。写真7に実際の訓練に使用している文章見本を示した。

写真7 構音訓練用のパネル
写真7 構音訓練用のパネル

【嚥下反射の促通訓練】

嚥下障害患者に多く見られる症状に嚥下反射の遅延があるが、これは年齢とともに高齢者にも一般的に認められる症状でもある。嚥下反射のタイミングのずれは誤嚥の大きな要因になるので、このような場合には寒冷刺激法(アイスマッサージ)が非常に有効である。
まずアイスマッサージに用いるアイス棒の制作法については、多くの場合割り箸に綿花を巻き付け水を付けて冷凍庫で凍らせたものを用いるとされているが、当院では1tのディスポの注射器の内筒と検査室にある沈澱管(直径10〜12mmぐらい)を利用して非常に効果的なアイス棒を使用している(写真8、9)。刺激を与える部位としては、口蓋弓の基部や口蓋弓の全体または咽頭後壁、舌根部などに軽く触れるようにする。この時咽頭にたまった冷水を嚥下させるとよいが、綿棒のアイス棒では氷が溶けにくく別に少量の水を与えて嚥下させるなど手間がかかるが、当院で開発した方法ではそのまま氷が溶けるのですぐ嚥下させることができ非常に能率的である。また小さい氷片を口腔内でなめさせてもよい。この際に引き続き「息止め嚥下」(supraglottic swallowing)を行なうようにするとさらに能率的である。

写真8 アイス棒の材料 写真9 沈んで管から引き抜いたアイス棒
写真8 アイス棒の材料  写真9 沈んで管から引き抜いたアイス棒

【鼻咽腔閉鎖機能訓練】

嚥下の第2相において食塊が舌根部や口蓋弓、咽頭後壁に触れると鼻咽腔閉鎖が起きる。
軟口蓋の麻痺のため閉鎖機能が適切に働かないときには、鼻から息が漏れるなどの開鼻声となり聞き取りにくい音となるためコミュニケーションがうまくいかなくなる。上に述べたアイスマッサージがここでも重要な訓練となるが、冷却刺激を与えた後に「アー」を発声させるようにするとある程度の筋収縮が得られるようになる。このように鼻咽腔閉鎖機能は反射で引き起こされる一方、息を吹く(blowing)、ストローで飲物を吸う、また「ムー」の発音時にも反射的に引き起こされる。ブローイング訓練にはローソクの灯を一気に吹き消したり、ティッシュペーパーを小さく丸めて遠くへ吹き飛ばしたり(hard blowing)(図10)、できるだけ長く息を吹きつづけたり(soft blowing)する方法があり、適宜組み合わせて行なうとよい。また次の項で説明するプッシング法も効果的である。

写真10 ペーパーボールテスト
写真10 ペーパーボールテスト

【喉頭閉鎖訓練(声帯内転訓練)】

力いっぱいものを持ち上げようとする際に肺から息が漏れない様に喉頭(声帯)は緊張(内転)して強く閉鎖しようとする。このような生理的機序を利用したのが、プッシング法といわれるものである。壁や机などを押しながら上半身に力を入れて強く発声するpushing exercise(写真11)、重いものを引き寄せながら発声するpulling ex.、車椅子の肘掛けなどを持ち上げる様にして強く発声する lifting ex. 等がある。このプッシング法は声質の変化の有無を聴覚的に確認しながら行なうことが重要である。

写真11 プッシング法
写真11 プッシング法
(机を押しながらエイ!)

【呼吸訓練・咳嗽訓練】

正常成人の1分間の呼吸数は16から20回で、「アー」の発声持続時間は20〜30秒あれば健康である。
呼吸訓練としては、(1)大きく深呼吸をする、(2)呼気を細切れにフ、フ、フと断続的に吹き出す練習、(3)大きく息を吸いできるだけ長く「アー」を発声するなどの訓練を行なう。
誤嚥時に下気道に流入した食塊を喀出するのは咳嗽反射である。腹圧をかけて強く咳払いをする訓練は、喉頭閉鎖機能の改善と、痰や誤嚥物の喀出に有効である。(続)


参考文献
  1. 山部一実:嚥下障害へのアプローチ(1)。月刊保団連、567:57-60、1998
  2. 山部一実:嚥下障害へのアプローチ(2)。月刊保団連、568:61-64、1998
  3. 山部一実:嚥下障害へのアプローチ(3)。月刊保団連、(投稿中)
  4. 本多知行:嚥下障害に対する機能訓練。総合リハ、19(6):603-609、1991
  5. 才藤栄一:嚥下障害のリハビリテーション。理学療法、2(3):181-189、1985
  6. 「第3回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会」摂食・嚥下障害講習会テキスト
  7. 笹沼澄子:言語障害。医歯薬出版、1994
  8. 西尾正輝:嚥下障害の評価法と訓練の実際。臨床栄養、88(2)、1996
  9. 岡田澄子:摂食・嚥下障害に関する間接的訓練。中部摂食・嚥下リハビリテーションセミナー第1クール記録集、1998

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